吉備津の釜

 

「吉備津の釜」

嫉妬深い女は夫にとって手に負えねえけども、年老いてみればそのよさがわかるな
んていうが、だれがそんなことをいったんだべなぁ。

むかしなぁ吉備の国さ井沢庄太夫ちゅうもんがいたんだと。その一人息子に正太郎
っちゅうもんがいたんだどもこの正太郎が親に似ずにまいにちまいにち遊びほうけ
ていてなぁ、庄太夫はどうにかならねえもんか考えていたんだと。考えたすえに、
きれいな嫁っこを持たせれば身も固くなるだろってな。いろいろな人さ聞いて吉備
津神社の磯良っちゅう娘さんがいいってことになってな。早速話し合って婚礼の準
備を進めたんだと。

んで、吉備津神社では御釜祓ちゅう釜占があってなぁ、釜さ湯はってその沸きあが
る音を聴いてなぁ、音が鳴り響くと吉でなぁ、音がまったくならねぇと凶なんだと。
早速釜さ湯をはってぐらぐら煮始めたんだと。んだどもちっとも釜は音をたてねえ
もんでなぁ、これを神主のかかさんさ話したんだと。かかさんはちっとも気にしねぇ
でなぁ、
「音がなんねぇのは神官が身清めねかったんだろう」
って御釜祓を気にしねえで婚礼をしたんだと。

磯良は朝から晩まではたらいてなぁ、舅姑の世話をよくしたもんだから正太郎も最
初は仲むつまじく暮らしていたんだと。んだども正太郎の悪い癖がうずきだしてなぁ、
袖っちゅう遊女の身受けをしてなぁ、家をでたっきり帰ってこなくなったんだと。
それでも献身的につくす磯良をみて庄太夫はなんとかしなけりゃなんねえってんで、
正太郎を無理やり連れ戻して家の中さ閉じ込めたんだと。磯良は正太郎の世話を勤
めながらも袖の方にも暮らしに困んねえようにと物を送ったりしたんだと。

そんなある日、家ん中に正太郎と磯良の二人っきりの時になぁ、正太郎が
「わしゃあ、今までの行いをただ悔やむばかりである。袖は生まれつき身寄りがな
いもんでなあ、このままだとまた元の遊女に戻るかもしれん。京の人は情にあつい
と聞くからそこへつれてって奉公させたいと思う。んだどもわしゃあ今は動くこと
ができねえもんだから、金の工面をして袖に与えてやってくれねえか」
って言うんだと。磯良は正太郎が改心したと思ってなぁ、自分の着物を売ったり、
親さ嘘ついてまでお金を工面して正太郎さ渡したんだと。
正太郎はお金をもらうとこっそり家を抜け出して袖と一緒に駆け落ちしたんだと。
これにはさすがの磯良もまいってしまってなぁ、うらみにうらんでとうとう重い病
にかかってしまったんだと。庄太夫は磯良を不憫に思って医者を呼んで看病にした
んだども日に日に体がやせ衰えていったんだと。

駆け落ちした正太郎と袖は袖の親類である彦六の家さ身を寄せたんだと。んだども
幾日もしねえうちに袖が苦しみだしてなぁ、正太郎と彦六は看病を続けたんだども
ついに袖は死んでしまったんだと。これに正太郎はわんわん泣き出してなぁ、弔っ
た後もこれからどうすればいいかわからねかったんだと。

ある日のこと、袖の塚さ行ってみっと隣さ新しい塚ができていてなぁ、娘さんが花
を持って弔いさきていたんだと。これを見ていた正太郎が声をかけるとなぁ、娘は
「私が宵に参りにいくと必ずあなた様が先にいらっしゃいます。忘れることができ
ないかたとお別れになられたのでしょう。この塚は私のご主人様の墓で奥様が病の
ためにかわりに私がお参りに来ているのです」
ってなぁ。これを聞いた正太郎は
「奥方が住んでいるのはここより近いのだろうか。連れをなくしたもの通し、慰め
あいたいものです」
っていったんだと。そしたら娘は正太郎を連れて家さ連れて行ったんだと。中さ入っ
てまっているとなぁ、娘が奥から出てきて部屋さ連れて行ったんだと。そして屏風
ごしになぁ、
「連れをなくした通し、慰めあおうと思いあつかましくもやってきました」
っていうとなぁ、奥方が屏風からそっと顔をだして
「またお会いいたしましたね。これまでの仕打ちの報いをお知らせしましょう」
っていうもんでなぁ、顔を見てみっとそれは青い顔した磯良であってなぁ、正太郎
はあまりのことに気絶してしまったんだと。

気がついていみっと家だと思ったのはお堂であってなぁ、あわてて家さ戻り彦六に
このことを話したんだと。彦六は狐か狸でも化かされたもんだと思ってなぁ陰陽師
のところさ連れてってみそぎをしてもらうことにしたんだと。そしたら陰陽師は
「そなたは今晩にでも命がつきるであろう。今日から四十二日の間、戸を閉めてこ
一歩も外に出るではないぞ。間違えても外に出てしまっては死から逃れることはで
きないぞ」
といわれてなぁ、正太郎の体から足から文字をかいて、護符を家中さ貼って中に閉
じこもったんだと。

夜もふけてきたころ、正太郎が部屋の中でじっとしているとなぁ、
「あぁ憎たらしい!こんなところにお札がはってあるぞ」
とそれはそれは恐ろしい声でなぁ、夜が明けたら急いで彦六の家の壁をたたいては
昨夜のことをしゃべってなぁ、それならばと次の日の夜は彦六も一緒に起きていた
んだと。そしたら正太郎がこもる部屋の窓に赤けえ光がさしこんでな、
「あぁ憎たらしい!ここにも札がはってある」
ってこの世のもんとはおもえねえすさまじい声が聞こえてなぁ、二人とも気を失っ
たんだと。こんなことがあってからまいばんまいばん夜が明けるのをまっては、昨
晩の出来事をかたりあってなぁ、日に日に声が恐ろしくなったんだと。

ようやく四十二日目の夜になり、今晩さえすごせれば終わるもんでなぁ。正太郎は
特に注意して部屋にこもっていたんだと。そしたらだんだん空があけてきてなぁ、
正太郎は壁越しに彦六を呼んだんだと。
「ここまでの間、あなたの顔を見ておりません。早くお会いしてこれまでのことを
話して気晴らしをしたいと思います」
って言ったんだと。彦六も
「もう何も心配はいりません。はやくこちらへいらしてください」
ってなぁ、正太郎が戸を開けると

 

 

 


うわっ

って叫び声が響いてなぁ、彦六はしりもちついちまったんだと。こりゃあ正太郎の
みに何かあったに違いねえってんであわてて斧もって外さ飛び出すと、明けたはず
の空がまだ暗く月がぼうっと光っていてなぁ正太郎の家さはいってみっと戸があかっ
たままで家ん中にも表にも正太郎の姿を見つけることができねかったんだと。

戸口の壁さ血が流れ落ち、軒先に男の髪の髻(もとどり)がゆらゆらと・・・

 

 

 

 

 

いかがでございましたでしょうか。古典文学の名作を民話風にアレンジいたしまし
たが、原作のイメージを壊さずに民話風に執筆するのも難しいものです。
古典文学を民話にするのがこれだけ大変なこととは思わず、大それたことをやって
しまったと思いました。一つ一つの文章の取捨選択がここまで大変かと思うと、
次回同じようなことを行うときはもっと勉強をせねばならないと思いました。
雨月物語を口頭で自分の思ったように話してもある程度、相手は理解してくれることが
多いですが、字にしてみるとどうしても民話風というよりも、ただの出来損ないの
古典訳という世界観が泥臭く、野暮ったくなってしまいました。
秋成様の文章とは違った世界をと思いましたが、やはり無謀な試みでした。

さて、吉備津の釜は現在でも岡山県の吉備津神社にございます。実際には釜のなる
音を聞いてその音で吉凶を判断するのは自分自身なのです。自分にとりいい音が聞
こえたならば吉なのでしょうね。ぜひこの話は他の方の古典訳や原文で読むことを
お勧めいたします。また、同じ雨月物語で「青頭巾」の訳をメールマガジン「江戸
時代の怪談」さんにございます。2001年6月20日から4回連続ですので、ぜ
ひご覧ください。